あなたの酸素ボンベになりたい
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ソフトクリームのキモチ


容赦ない日差しがァ~アタシに照りつけぇ~♪


と、ありそうすぎてなさそうな自作の歌を歌いたくなるぐらいあつい。



アスファルトの上を歩いてると、ソフトクリームの気持ちになってくる。


ああ、もうダメ。溶けちゃう。



自分の肌が「じりじり」と音をたてて焦げているのがわかる。



しかも、昨年までは感じたことがなかったけど、今年は心なしか自分から高校球児のかおりがしてくる。

これは暑さとは直接関係ないかもしれない。



でも暑い。



昨年はこれで完全ノックアウトされてしまったので、今年は運転手に嫌な顔されても気にせず、近距離でも積極的にタクシー(初乗り500円)を利用し、太陽光線から自分の身を守ろうと思う。

ぱらぱらめくる




「キヨシローが死ぬなんて、ひとつの時代が終わった気がするよな」


とを居酒屋でぬかすにわかキヨシローファンみたくはなりたくありません。



私が初めてマイケルと出会ったのは遊園地のアトラクションでした。



巨大なスクリーンを前に、黒いセロファンみたいなのを張ったまぬけなメガネをかけると、マイケルがスクリーンから飛び出し、踊り、歌う。どうして、人間がつつーぅと横にすべることができるのか。あの声はなんなのか。


当時小学生だった私は、一瞬にして恋に落ちました。


それを見てからはほかのアトラクションは目に入らず、ただぼーっとしていたのを覚えています。

私が「興奮する」ということを知ったのはその時じゃないか。



それ以来、こんなとこにいるはずもないのにと思いながら、向かいのホームや新聞の隅まで探すぐらい彼のことばかり考えていました。そんな日々が、クールダウンしながら半年ぐらい続いたでしょうか。


小学生というのは忙しいもので、熱狂的ファンになるわけでもなく、CDを買うわけでもなく、ライブに行くわけでもなく、「それはそれ」として、今に至っています。


でも、折にふれ、思い出します。足もとの地面からぐわっとひっくりかえされたような、「わたし地球人です!」と叫びたくなるような瞬間。


ほぼ世界中の人の記憶の辞書の中に、「マイケル・ジャクソン」という項目があって、みなさまそれぞれに書き込んでらっしゃると思います。それを今、ぱらぱらとめくっている。


私の場合はアトラクションで、3Dで踊る彼でした。

ある人の辞書ではネバーランドから手をふる変態かもしれません。

ある人の辞書では、歌って踊るはなもげらかもしれません。

ある人は、マイケルオンリーの辞書を別個に持っているかもしれません。


何聞いてるのと聞けば「スリラー」と返ってくる友人もいました。今日、心配になって電話しましたが、出てくれません。心配です。


書き始めたときには、こんな内容になるとは想像もしていませんでしたが、



世界中の人と共通する記憶の辞書の項目、しかも人物、ってそんなにいないのではなかろうか。



ということが言いたかっただけです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・



ちなみに、書いたあとにネットで知ったけどマイケルの3Dを四国のレオマワールドで見たと思いこんでましたが、ディズニーランドだったみたいです。なぜレオマワールドがでてきたのかわかりません。今もあるんでしょうか。最初に読んで、「え?違うやろ」と思ったかた、失礼しました。






素敵な彼

仕事でやるべきことがたまっていると、ブログでも更新しようかな、思ってしまう。

受験生のときに、勉強をしなきゃと思うと、普段あまりやりたいと思わない掃除に身が入るのと同じ構図です。


仕事もブログも「パソコンに向かって文字を打ち込み、文章様のものを書く」という行為は同じなのに、当たり前だけど全然違うんですねぇ。



締切が刻一刻と迫っていますが、ブログを更新します。とりあえず現実から逃げてみます。




・・・・・



「好きな食べ物は?」と聞かれたら


「お好み焼きと餃子とから揚げ!」


と答えますが、


「好きな野菜は?」と聞かれたら



「長ネギ!」と迷わず答えます。



我が家(独身だけど)の長ネギ消費量はけっこうすさまじいです。

一人分の料理に1本は使い、事情が許せば2本使う。いくらあっても困ることはありません。




長ネギがないと料理が作れないほど、毎日の生活に欠かせない長ネギくん。

逆に、長ネギがあれば何かしら作れるんです。


炒めるととろっと甘い長ネギくん。でも甘いだけじゃなくてときどきピリッとしてくれる。

優しいだけじゃなくて、ときどき叱ってくれる素敵な彼みたい。



加熱しなくても、白髪ネギなんてネーミングから何からもうそれだけでキュンとしちゃいます。




長ネギをこう毎日大量に食べてると


旬が終わったことが嫌でもわかるようになります。


緑色がはっきりしてないし、食べるとあの独特のとろとろ感がなく、パサパサしてて硬い。あんまり甘くない。


スーパーで、こいついけてないなーと思いつつも、つい手が伸びてしまうのです。


早く冬になってください。


もしくは長ネギに変わる素敵な野菜を紹介してください!




ものぐさは気をつけろ!


最近の敵は睡魔でも食欲でもアルコールでもなく、


Javari.jp


アマゾンがやってる靴専門ショッピングサイトです。



都会にお住まいの皆様がたが、ふらりと新宿タカシマヤに立ち寄る感じで、

朝出かける前に歯をみがきながらJavariへ。



ワンツークリックで歯をみがき終わるころには何か買っていたりする。



通常、インターネットショッピングではもれなく



☆送料無料☆ ※ただし沖縄、離島は除く



と書いてあります。



そうすると私の中の節制の天使が


「※ただし沖縄、離島は除く」の部分を指さしながら、

「あなた本当にこれが欲しいの?沖縄とその他の離島以外に住む46都道府県の人は無料なのに?」と問いかけてくれるのです。


その声を聞いてもなお手に入れたいものであれば買うのですが、たかが送料、されど送料。

もう一度頭を冷やす時間を与えてくれることで、かなりのものを諦めることができます。


本当に必要なものなんて実はそんなにたくさんないのです。



一方、javariは


「送料無料、返品30日間OK、しかも返品するときの送料も無料ですよ、奥さん!」とタカタばりに訴えかけてきます。


分割手数料も無料にしてくれそうな勢いのセールストークに天使もだまりこんでしまうらしく、


「返品すればいいしー、30日間あるしー」と悪魔がささやきます。


とはいっても、一応欲しかったものではあるし、一度自分のものにしたのにもう一度しまいこんで、ガムテープ張って、ヤマトを呼んで、集荷してもらうせつなさと面倒くささ。


結局返品なんかしないよ。


いったいどういうシステムでjavariが成り立ってるのか全く見当もつかないけど、こういう面倒くさがりが一定数いることをを見こんだビジネスというのは間違いないでしょう。








戦争夢体験

戦争の夢を見た。



どこにやられてるのかわからないけれど、どうやら、かの国のようだ。


焼夷弾が降ってきて、隠れていたコンクリート製のごみ置き場に直撃。今どき焼夷弾とは古いなあと思いつつ、必死で逃げた。


海近くの建物に身を潜めていたら、海兵隊がぞくぞくと上陸しているのが見えたので、また逃げた。


倉庫のようなところに避難している人たちがぎゅうぎゅうに集まって、気が滅入らないように楽しい音楽をかけて歌ったり、ストレッチをしたりしていた。


食事が出されるけれど、不安と緊張で食べる気がしない。


バリバリと音を立ててヘリコプターやら戦闘機(これまたB29みたいな古いやつ)が飛び交い、近いところで砲弾が撃ち込まれる音がする。


今やられてるのは南部だが、北部はもうすっかり占領されていると誰かが教えてくれた。


そこへかの国の兵隊が現れて、私たちにハングルが書かれた紙切れを一人一人に手渡し、暗唱するように命じた。

「きみたちには日本の言葉を捨ててもらう」という趣旨のことを言っていた。死にたくなかったので必死で覚えた。



・・・


夢の内容ををつらつらと書いてもしかたがないのでこの辺でやめるけれど、夢から覚めて、枕元にあった携帯を開くと、かの国が「核放棄は絶対にありえない」と宣言したといういうニュースが来ていて、一瞬さっきのは夢じゃなかったのかと混乱してしまった。


最近、毎日、一晩中夢を見る。しかも、内容をかなり鮮明に覚えている。


どうして夢を見るのか、そのメカニズムはわかっていないらしいが、昔聞いたのが「未体験のことを追体験ならぬ夢体験することで、今後現実にあるかもしれない同様の困難にスムーズに対応するために、脳が夢を見せている」という説。つまり、生きるために人類が身に着けたリスク対処法のひとつである、と。


この説を私はずいぶん前から支持している。なんとも合理的で、ポジティブで、ロマンのある説だ。多少寝不足になっても、夢の見がいがある。




今回の戦争の夢もそれに近いと思う。





6・23「慰霊の日」が近いこともあって、仕事で毎日戦争のことを調べたり話を聞いたり、写真を見たり、映像を見たりしている。とにかく最近は一日のうち、戦争について考える時間がとても多い。


それでも、終戦から約四十年たって生まれた私にとって、戦争は遠い昔の出来事。

どれだけ昔話の渦の中に身を置こうが、昔話は昔話でしかなく、現実にはならないし、体験できない。


戦争は嫌だけど、ぜんぜんリアルじゃない。

外国で起きている戦争も、現実にある問題としては考えられない。


でも、この夢の中にいた私は「絶対死にたくない」と思っていた。死ぬのが怖かったから、必死で逃げていた。戦争の恐怖が身体に染み込んできた気がする。


目が覚めて、布団の上で寝ていることがとても幸せなことだと感じたし、何があっても戦争は絶対やってはいけないというか、「嫌だ!」と思った。

日本がどれだけ平和な国かということを思い知り、生きていることを心の底から感謝した。


戦争体験者が減り、若い世代にどうやって戦争を語り継ぐかということが問題になって、いろんな人がいろんなことをしているけど、「戦争夢体験」ほど効果的な方法はないのではないかと思う。


見ようと思って見られるものでもないのが難しいけど、最先端技術でどうにかならんもんでしょうか。






いま、ここ

ソファーで寝てしまった。


夜中何度も目をさましながら、またソファーに横になるこの愚かさ。



子供のころ、自分で言っていた言葉を思い出す。


「お母さん、布団で寝なよ」


どうして大人はソファーで寝るんだろうと思っていた。こんなところで寝なくて、ちゃんと布団で寝ればいいのに。


でも今ならわかる。



「いま、ここ」なの!



にんじんの出自について


あなたの酸素ボンベになりたい-にんじん
「GM破たん」


じゃなくて、やんばるの「むい自然農園」からやさいが届きました。


これはにんじん。


にんじんを見て10回に3回ぐらい思い出すできごとがあります。



幼稚園に行くか行かないかぐらいのとき、住んでいたアパートの駐車場同年代の子供たちでつるんで遊んでいた仲間の中に、いつも、片手に持ったにんじんをかじりながら自転車をこいでいる2,3歳年上の女の子がいました。



「超かっこいい!」



にんじんが嫌いで、生なんてもってのほかで、自転車もコロ付きで、そのうえ片手運転なんて問題外だった私にとってはかなり衝撃的で、いつも羨望のまなざしで見つめていました。


そのにんじんがとってもおいしそうに見えたので、誰もいないアパートの裏側で、ためしに、コロ付きの自転車に乗って、家の冷蔵庫から盗んだにんじんをかじってみました。


やっぱりまずい。苦いくせに甘い、あの味が。




大人になることは、こういうことなのか、まずいものを平気な顔して食べることなのかと、当たらずといえども遠からずな将来を思い浮かべた出来事でした。



でも、あのころから二十数年たち、にんじんを平気な顔して食べられるようになった私はおもうのです。


にんじんはもともとまずくない。


「まずいにんじん」を食べさせられていたんじゃないか。


いつの世も、子供が嫌いな野菜ワーストワンをピーマンと争っているにんじんくんですが、


ほんとはね、にんじんはとても素直で正直な野菜なんです。


最も「育ち」が味に影響する野菜なんだと思うんです。「育ちがよさそう」とかって、人間にも使うあれです


おいしいにんじんを食べると、きっと辛いこともたくさんあっただろうけど、農薬で甘やかされずに、おおらかな畑ですくすく育ったんだろうなあと思ってしまいます。


甘いだけでも、苦いだけでもだめ。あの独特な味も強すぎても弱すぎてもだめ。


このやんばるから来たにんじんくんも、規格外の小ささですが、今朝すりおろしてパスタにして食べたらかなりうまかったです。

(実家ではパスタが出るのはほとんど朝ごはんだったので、長い間パスタは朝食べるものだと思っていて、それがまだ抜けません。長い言い訳でごめんなさい)



ほら、白ネギとか、きゃべつなんて、けっこう勢いでごまかせるような気がしませんか?

なんだか申し訳ないけど。





もうやめませんか?

友人に結婚式のスピーチを頼まれました。


こともあろうに、なぜわたし?

頼まれたからには、めでたい場だし、きちんと役目を果たしたいとは思っていますが、われながら不思議でたまりません。


夜な夜なYouTubeで参考動画を探しているのだけど、アメリカ人女性の、まるでアカデミー賞の授賞式みたいな参考にならないやつか、絶対にまねにしてはいけないようなものばかりで困っています。


誰かいいのあったら教えてください。忠告、アドバイス、体験談、お待ちしております。






それはともかくですね、
少人数では、ガハガハでかい声でしゃべるので意外に思われるかもしれませんが、わたしは人前で話すのがとっても苦手です。


小学生のときは先生に当てられただけで泣いてドン引きされてました。


社会人になった今でも、飲み会の「じゃ、このへんでひとこと」タイムがほんとに嫌です


100メートル走を走る前みたいな気分。



大人数が集まる送別会とか、歓迎会とか、忘年会とか、その他特に意味のない会において、

とりわけ50歳以上の方が参加される会で必ずと言っていいほどあります。



あれだけは何度やっても頭が真っ白になって、言わなくていいこと、言わないほうがいいこと、言っちゃいます。

最近では「この前タクシーに乗ったら、運転手さんが○○さんのお兄さんで・・・びっくりしました」とか。

ほんとに言いました。思い出すたびに消えたくなります。



あのコーナーはいったいなんのためにあるんだろう?




もう、やめませんか。







写真:


沖縄はアジサイが見ごろを迎えております。こいつは野生らしいです。



ハート型に見えなくもない。


花を飾るのはいいことですね。なんか、きちんと生きようという気になれる。


あなたの酸素ボンベになりたい-ajisai




梅雨入り


奄美・沖縄地方は一足早く梅雨入りしました。


今年も嫌な季節が。


対沖縄の梅雨では、みずとりぞうさんなんて、焼け石に水。

ちょっと気を抜くとクローゼットの中のコートがかびだらけになっちゃいます。


そこで扇風機登場。

昨年ネットで購入したのですが、不自然にヘッドが小さく、棒が長い。おしゃれと見せかけてへっぽこ。へんなところからコードが出ているのも気に入らない。ぴょろろん。



あなたの酸素ボンベになりたい-sennpuuki

けなしたからか早くもやる気なさげです。


携帯で撮った画像をSDカードに保存して取り込めた。この小さいカードをどうやってパソコンに入れるのか不思議でした。かなり荒いけどうれしい。


うれしいついでにもういちまい。



あなたの酸素ボンベになりたい-naminoue

仕事終わって、家の近くの練習場。


コースに出られるようになるまで、練習あるのみです。

めっちゃ飛ばしてる小学生の横で、パターじゃないのにころころと転がってゆくわたしのボール。


でも、打ちっぱなしは頭真っ白にできるからいい。邪念が少しでもあると当たらないもの。

iPodと不毛な一日

先週末からのどが痛くなり、熱、鼻、せき、とお決まりのコースで風邪が悪化。

仕事に行って「メキシコ帰り?」と冗談言われても笑顔で返せないぐらいしんどかったので病院へ行ったら「軽い副鼻腔炎と中耳炎ですね」とのこと。


そんなわけで、今日は一日中ふとんとパソコンの前を行ったりきたりしながら「iPodは何を買うべきか」だけを考えて過ごしました。ときどきグーグルアースでナスカの地上絵見たりガンジス河の上流に行ったりして。


昨日ぐらいからふと欲しくなったiPod。

選択肢は5つです。


①iPod Touchを買う

②iPhoneを買って、ドコモは解約

③iPhoneを買うが、ドコモもそのまま使う

④iPod nanoを買う

⑤故障しているiPodを修理に出す


120GBなんて一生かかってもいっぱいにできない気がするからclassicは除外。



Touchはなんだかとっても楽しそうだけど、駅やカフェで無線LANが使える首都圏ならともかく、こんな田舎じゃTouchの目玉Wi-Fiも使えないし、持て余してしまう気がする。



では自前でネットができるiPhoneか。


今日一日ネットで調べまくったところ、iPhoneは「Phone」とは名ばかりで電話機能はおまけみたいなものらしい。しかも、携帯のメールは使えないからインターネットメールを使う。メールやネットからのコピペもできない。驚いたのが、メールが15分遅れぐらいで届くということ。


プライベートだけならそれでもいいけど(時と場合によってはダメなこともあると思うよ)、仕事で携帯メールを使っているのでそれはちょっと困る。というわけでドコモ温存案。しかしこれでは月額使用料がちょっと気になりますし、必要もないのに電話機能を持った物体を2台持つのはどう考えても「スマート」ではないので製品のコンセプトに反する気がする。


日本の「ガラパゴス携帯(と呼ばれているらしい)」500万画素のカメラとかデコメールとか着うたとか七色に光るイルミネーションとか、いらない機能が付きまくって、もはや電話なんだかわからない物体になっている悲しい現実。


それも確かにどうかと思うけど、いつの間にか置かれているあたたかいおしぼりのように無意識に、でも確実に便利なものとして使っている名もない機能たちの存在も気にかかる。スペックだけ見れば変わらないんだけど、外国の携帯って「なんか不便」。日本人の心にそっと寄り添う機微が、外国製の携帯にはないんですねぇ。電気ポットなんかとは違って、家族や恋人よりも一緒にいるわけで、あうんの呼吸は大事ですねえ。


じゃあ、すっきりボディになったnanoか!と思ったけど、TouchやiPhoneと比べるとわくわく感がかなり削がれる。そもそもiPodを買うモチベーションが下がってくる。


電池が3分しか持たなくなった第5世代を修理に出すことも検討したけど、これまた近くにApple Storeがないので面倒くさい。


なんて考えてたらいてもたってもいられなくなって、ゴホゴホいいながら電器屋にかけこみました。


iPhoneのあまりの美しさについ契約しそうになったけど、「iPhoneを携帯だと思って買ったらあかん」だの「あと3か月頭を冷やしたほうがいい」だののネットの書き込みやレビューを読んだあとだけに決めきれず。


パンフレットを握りしめて店を出て、車に向かうと心なしかヘッドライトが付いている。


15秒ぐらい立ち尽くしたあとに手際よくJAFを呼んで(三度目にもなると慣れたものです)、30分ぼーっとエンジンかけっぱなしにして、家に帰ると10時。そしてこのブログを書いている。


まったく不毛な一日でした。





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