不感症問題 | あなたの酸素ボンベになりたい

不感症問題

最近、といってもここ数年、美しいといわれる景色を見ても、絵を見ても、映画を見ても何も感じなくなってきている自分に気づいてうんざりしてます。大人になるってこういうことなのかしら。


ほとんど、実家で数か月前から飼い始めたぶっちぎりでキュートなお犬さん(ゴールデンレトリバー、雌)の成長だけを考えて暮らしています。昨日は、欲しがっていた犬用おもちゃ(「レトリーバーの血が騒ぐ」シリーズ マガモ(羽付) 大)をネットで探して実家に送りつけてやりました。


でも、カスタードと生クリーム入りチョコレートがけシュークリームぐらい自分に甘いわたしも、さすがにこれはと思い、今日は朝から観光地に行って、美術館に行って、映画を観るというスケジュールを強行してみた。


ほら、考え方もとっても安易。


というのも、先日、好奇心の塊のような人と思っていた人が「最近、何に対しても関心がなくなってきたんだ」と意外なことをおっしゃっていたので、「でも、私にはそうは見えませんよ」と申し上げたところ、「そりゃそうだろう。消えそうになってる火に、息を竹筒で必死で吹きかけて消えないようにしてるんだよ」という答えが返ってきました。


そうか、そういうものか!うまいこと言うなあと、素直に納得し、自分なりに考えて実行に移したわけです。



ふーん。へぇ。うーん。


期待はしてなかったけど、当然、失敗です。




何も感じないようにすればけっこう楽だということに、少なくとも深く傷つくことはないということをいつの間にか覚えてしまったみたい。


にぎやかな教室で、ただ時間が早く過ぎることだけを祈って机に座っているように。いやなことに向き合わないために。


満員電車でイヤホンで音楽を聴き、肩をすくめ、息を殺すように。加齢臭をもろに嗅いでしまわないために。


そういうことを繰り返すうちに、感動するのに必要な感覚まで鈍ってしまったんだろうなぁ。




などと考えながら外にでると、傘なしでは歩けないほどのどしゃぶりなのに、空は晴れ。


太陽の光であめつぶがきらきら光って、大きな虹が出て、それはそれは幻想的な光景でした。



沖縄に来てから、南国特有の、絵の具で塗ったみたいな濃い水色の空は何度も見てるけど、それよりもっとずっと素敵な景色。



素直にきれいと思えたことにすこしほっとする。